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2/APR/2015 in Johannesburg

ヨハネスブルグの元マフィアの宿で目覚めた朝。

空を見上げると、雲なのかスモッグなのか分からない白いもやがかかり、その向こうにある太陽の光が屈折して虹のようになっていました。
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今日はヨハネスブルグにあるスラムに行く日。
といっても、さすがにヨハネスブルグのスラム街を二人で歩くのは危なすぎるので、ミュージアムやスラム街を訪れるツアーに参加する事にしました。

ツアー代は一人550ランド(約5,500円、アパルトヘイトミュージアム別)とかなりお高いのですが、ここは安全をお金で買います。えらい!笑
宿泊費も一泊一人180ランド(約1,800円)もするし、街に出るのと空港に行くのにタクシーを使ったから、ヨハネスブルク滞在は本当に出費がかさみました。はぁ。。

でも迷わずツアーを選んだのは、エチオピアで出会ったケンくんから首絞め強盗に会った体験談を聞いたからです。白昼堂々の犯行で、何十人も周りに歩行者がいたのに誰も助けてくれないって…怖すぎ!!
詳しくはケンくんのブログで
 

という事で宿まで迎えにきてくれた車に乗ってヨハネスブルグの街へ出かけます。
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車から見るヨハネスブルグの街並。
「赤信号で止まったら襲われるから、みんな信号無視をする。」ともっぱら噂のヨハネスブルクですが、私たちが通った道ではちゃんと止まっていました。信号無視をしないと危ないのは治安が悪いエリアだけの話みたいです。
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これは南アフリカワールドカップの決勝が行われたスタジアム。
だいごろは「ここに来て見たかったなぁ。」と今さら嘆いていました。笑
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これは火力発電所のタワー。塔と塔の間からバンジージャンプしたりできるそうです。
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ヨハネスブルグに来てからは数ヶ月前にアフリカ縦断した時に残っていた南アフリカランドを使っていたのですが、もう残り少なくなっていたのでドライバーにATMに寄って欲しいとお願いしました。
すると「ここが安全だから」と、こんなアミューズメントパークに連れて行かれました。
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そしてそのアミューズメントパーク内のカジノにあったATMで無事お金を降ろすことができました。
ここは安全なATMだそうです。確かに。
警戒し過ぎかもしれないけど、とてもじゃないけど外のATMとかは使う気になれない。
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そしてアミューズメントパークの向かいにあった、アパルトヘイトミュージアムへ。
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チケットにはランダムで”白人”と”白人以外”という印刷がされています。
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入場する時はチケットに従って、黒人と白人に分けられた入口を通って中に入ります。
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アパルトヘイト中は白人、カラード(インド人など)、アジア人、黒人の4種類に分類され、差別されました。
差別されたのは黒人だけでなく、インド人やマレー系の人たちも含まれたそうです。

そしてアパルトヘイト関連の政策が次々と制定されていきました。
・鉱山・労働法
  鉱山労働における白人・黒人の職種区分と人数比を全国規模で一般化。
  熟練労働に対する黒人の就労を制限した。
・原住民土地法
  南アフリカにおける人口の約70%を占める黒人の居住地が国土の9%以内に定められた。
・原住民代表法
  普通選挙人名簿から黒人有権者を除外した法律。
  そして、その代わりに「黒人の代表」として7名の白人議員を選出。
・異人種間結婚禁止法
  白人・黒人間など、人種の異なる男女の結婚までを禁止。異人種間に芽生えた恋愛までも禁止。

なんとその数は300にも及んだそうです。
ミュージアムには当時の政策がずらりと箇条書きにされていて、見ているだけで圧倒されました。
 

これは白人専用のベンチ。
レストラン、ホテル、列車、バス、公園に映画館、公衆トイレまで公共施設はすべて白人用と白人以外に区別されました。
さらにバスは黒人用のバスと停留所、白人用のバスと停留所に別れ、病院も施設の整った白人用と不十分な施設しかない黒人用に分けられました。
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そしてアパルトヘイトが廃止されたのは1991年になってから。
大昔の話じゃありません。たった20数年前の出来事です。
アパルトヘイトの最初の政策が出来てからなんと80年もの歳月が経っていました。
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数々の人が自由を得る為に戦い、多くの人が亡くなりました。
館内には政治犯として殺された人の数だけロープが用意されて展示されていました。
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なんで明らかに間違ったことをしていると分かるのに、止められないんだろう。
どうして人は自分の利権を守るために他人を貶めてしまうんだろう。
 


アパルトヘイトミュージアムを後にした私たちが向かったのはSOWETO(South Western Townships)。
ここはアフリカ最大のスラム街(タウンシップ)でアパルトヘイト時代に黒人が強制移住させられた場所。
そして人々が自由に住処を選べるようになった今でも多くの黒人の人たちが暮らしています。
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1976年にここソウェトでアパルトヘイト反対運動があり、デモや暴動でたくさんの人が亡くなりました。(ソウェト蜂起)
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ここSOWETOにはネルソン・マンデラの家があります。
マンデラ氏の事を知らない人はいないと思いますが、反アパルトヘイト運動をしていたために27年監禁されていました。
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簡単な作りの天井。質素な生活をしていたようです。
1946年から投獄される1962年までここで暮らしていました。
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床には襲撃された時の銃弾の後が生々しく残っていました。
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ここは、ソウェト蜂起に参加した際に白人警官に撃たれて殺されてしまった当時13歳の少年”ヘクター・ピーターソン”とソウェト蜂起に関する博物館。
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ソウェト蜂起は黒人が白人に対して立ち上がったものですが、皮肉にも黒人たちが戦った相手の多くは黒人警官だったそうです。
理由はそもそも危険が伴う警官を白人はやりたがらず、黒人の仕事とされていたから。(ただし、警官の上層部は白人で占められていました。)

黒人が黒人を攻撃するなんて…と思ってしまいますが、報酬が良ければ喜んで警官になる人も黒人の中にはいるという事。その気持ちも分かります。

この写真はヘクター・ピーターソンが撃たれた直後の写真。
ソウェト蜂起以降、警官による暴力を象徴するアイコンとして使われていて、街のいたる所で見かけました。
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今日のお昼ごはんはそんなソウェトの街角で。
元々は観光客向けのレストランに行く予定だったけど、ガイドにお願いしてローカルの人たちが利用するファーストフード店に連れて行ってもらいました。
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注文しようと店の中に入ってみると、こんな安いファーストフード店ですら防犯用の金網が設けられていました。
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頼んだのはKOTAというソウェトの人たちが大好物のファーストフード。
すごいボリュームがあるのに、たったの15ランド(約150円)でした。大満足。
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ついでに売店でジュースと宿で自炊をする為の野菜を買っておきました。
ここにも頑丈な金網。
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店に売っているものを遠目に見て、金網越しに欲しいものを伝えて持ってきてもらいます。
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横で買物していたSOWETOの若者たち。
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売店のよこのベンチでKOTAを食べていると、子供たちがつたない英語で話しかけてきました。
でも近くにいたガイドがすかさず「子供たちにお金や物をあげないで!」と言ってきました。

物乞いをするようになったら、お金をもらうことが当たり前になる。
そしたらもらうことしか考えなくなって、子供たちのためにならないから。

ソウェト出身のガイドはそう言っていました。
 


ご飯を食べた後はSOWETOの街を歩いてスラム街の中心部へと向かいます。
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この踏切を渡った先がソウェトの中でも特に貧しい人たちが暮らすエリアです。
ケニアのナイロビやブラジルのリオデジャネイロでもそうだったけど、スラムに入るときはいつも緊張感が走ります。
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スラムに入ると、トタンと木で作られた家が並び、いかにもスラム街といった空気が広がります。
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ここは電気はあるけど、各家庭への上下水道はなし。
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ナイロビのスラム街、キベラに行ったときはものすごい異臭がして息苦しかったけど、ここはそんなことはありませんでした。
トイレの近くは臭いけど、それ以外は清潔に保てていそうでした。
この水も洗濯などに使った水っぽくて異臭はなかったです。
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売店にはやっぱり金網。
スラムの中に住んでいる人同士でも強盗事件が起きるという事。
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トイレは10〜15家族で一つのトイレを使っているそうです。
1家族5人としても、50〜75人で1個のトイレ。ほんとかな?!全然間に合わないんじゃ…。
でも何回聞いてもガイドはそう言っていました。うーん。
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トタンで出来た家は雨風をしのぐことすらできないんじゃないかと不安になります。
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そんなスラム街の中にガイドをしてくれた男性の家があったので、連れて行ってもらいました。
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この家には13人が住んでいるそうです。
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中は電気がなくて薄暗い。
雨季は雨漏りがひどく、冬はものすごく寒くなるそう。
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でもそんな環境でもみんな笑顔で暮らしていました。
 

スラムに住んでいる人たちはみんなフレンドリー。
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ヨハネスブルクは日本人より圧倒的に中国人が多いので、子供たちは私たちを見るとニーハオ、ニーハオと笑顔で声をかけてくれました。
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そして辺りが薄暗くなってきたところでツアー終了、再び車に乗って帰途へとつきました。
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マフィアの邸宅に戻って冷たい夜風を浴びながら見るヨハネスブルグの夜景。
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この灯りの下にたくさんの人種が住んでいる。

表向きには差別はなくなった街。
でも、まだまだ格差の大きい国です。
白人の平均所得は黒人の平均所得の5倍以上。
そして数字に現れない差別も根強く残っています。

故ネルソン・マンデラ氏が大統領になり、アパルトヘイトが完全撤廃されてから早21年。
白人が作り出した奴隷制度の爪痕が消える日はいつになるんだろう。



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